3 鹿児島城新照院口跡 慶長6年(1601)島津家18代当主家久が城山を居城に選んだ時に整えられた三口番所(ミクチバンドコロ)の一つです。大手口と同様に衛士が配備され、城山への立入を制限したといわれています。絵図等により、新照院越を登り詰めたところの周辺と推定されています。 お問合せ 鹿児島市教育委員会文化財課 TEL.099-227-1962